息子の旅立ち     壱つづく・・

初めて生を受けた我が子へ

誕生。おめでとう。
 今から何年先になるか 定かではないが、君が若しこれを目にしたとき、君の誕生を心から、待ち望んでいたぼくら二人が、これは君に記しておいたものだったのです。
 君が生まれたのは、四月中旬にしては、ずい分、むし暑い日、君の祖父が亡くなって、丁度、四十九日の日の夜でした。君は親戚から、祖父の生まれ代わりだと云われたのです。ぼくたちとしては、初めての子を君の祖父に、見てもらえなかったのは、実に残念に思うのです。でも、祖父が代わって与えてくれた生命だと思うと、実に心和ごむことではないだろうか。
 ぼくたち二人の力量は、あらゆる意味に於いて、君にとって、決して心広き父で、心深き母に、なり切れないかも知れなません。
 しかし、ぼくたちは最大限の努力を惜しまない、--そう、決心し、且つ そうしなければならない責任があることを 充分認識しています。
 これを目にしている君に、ぼくたちの充りない領域があったとすれば、素直に君に謝りたい。
しかし、そうならないよう、もてる愛を全て、ぼくたちは出し尽くそう。
 そして、又、君は君で、僕たちの愛に応えてくれる子になってほしい。
 それから、君が生まれる迄の十月と云う、長い間、君のお母さんは、脆弱な体にもかかわらず、君が五体満足な体で 生まれてくる事だけを願い、全精力を尽くしてくれた事を、決して忘れないで欲しい。
 最後に、君が大きくなるに従って、人と人との関わりほど、どんなに難しく、又、重要であるかが、解かってゆく事だろう。
 そして、ぼくたちは。君がそんな中で。人と人との環を、しっかりと紘ぎとめるに充る、紘い、大きい、深い人間になって欲しいとーーーこのような願いを込めて
 ここに、君を『 紘 』と命名します。

昭和五十三年四月十四日  深夜               
     
      上の文章は主人が長男が生まれた時に記していたものです。


f0181394_1555143.gif 息子のお店
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長男は大きくなるにつれ、「夢」を食べて生きていく子になっていきました。

18歳で専門学校、大阪での一人ぐらい・・音楽への道。
2年後に断念し美容師になりたいと告白。
主人は内心反対でしたがそれは、一切口には出しませんでした。
私は「何でもやりたければやりなさい、その代わり自分で責任もって、自分の力だけでやりなさい」と言いました。
彼は美容院でアシスタントとして修行し「通信教育」を受けながら勉強しました。
7年後、一軒の店を任されるようになりました。
自信とお客さんをつかんだ彼は 2年前の5月に独立し、自分の店を持ちました。
その頃から、息子は「何時までも、家にいて悪いが・・もう、少しお店が軌道に乗るまで・・」と母親には言ってました。
私は何時も「いいやん、何時までもいても・・」と言いました。
彼は「それでは、僕も成長せんで・・やはり一人でやる事から始めんと広がってゆくものも広がらんしなぁ~お母さん心配せんでもええで。男やねんから」
その頃から、臍の緒は切れていたようです。
母だけが幻想していたのでしょう・・・
その息子が来月「一人暮らし」します。
どうにか採算のめどがついたようです。

父の思いがどれ程、彼に届いたかは定かではないが自立する子に“花むけ”になればと思い、父の思いを書き留めました。

3カ月おきに私のhairをカット。毛染めしてくれていた息子。

彼と兼用して使っていたドライヤーがこの家からなくなります。
私は「ドライヤー使えなくなるなぁ^。あんたがいんようになると~」と
ドライヤーとの別れを惜しむ母に彼は新しいドライヤーを買ってきました。

「もしも大変な事が起これば遠慮せずに頼ってほしい・・」
最後の日に私はこの言葉を言おうと思います。

彼は同じ京都に住むのです。行こうと思えば車で15分もかからんでしょう・・でも母も父も行く事はない。
独立しようと頑張る子を追いかけはしない。
だから「たまには顔みせて下さい」とも言おう。

来月中旬に息子は引っ越します。

子供は何時かは親から離れなければなりません。
それが自然でしょう。

頑張って!もう、一回り大きくなった貴方が見たいです。

                                     
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# by yukiwaa | 2008-10-21 15:16 | 生きものいきいき | Comments(18)

思い出




ウイスキーを片手に歌うディーン・マーチン 
  Everybody loves somebody. 「誰かが誰かを愛してる」
フランク・シナトラ
サミー・デービィス・ジュニア
古き良き時代のアメリカ、1965年頃。
姉も紅茶にタップリのウィスキーを入れて、ほろ酔い加減で、サンスイのステレオでよく聴いていた。
私16歳。姉29歳。

今日は朝、FM-αlステーションから聞こえてきた、この曲。
ゴルフ帰りの叔父さん達が行きつけのスナックで「打ち上げ?」をする。
その時の軽食にサンドイッチを頼まれた私はディーン・マーチンの歌を聴きながら注文のサンドを作り、姉との「昔の会話」に思いをはせていた。

あの、ウィスキー片手に気楽にリラックスしながら歌うディーンが姉はお気に入りだった。
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# by yukiwaa | 2008-10-19 15:49 | 思い出つらつら | Comments(6)

紐・・・ヒモ・・火元。

紐・・・着物にとって肝心要なもの。
人のつながりも、色んな繋がりがある。

紐にも色んな結び方がある。
我々が日常で知っているのは
★蝶々結び
★片結び
★丸結び
★男結び
それ位でしょうか?

結び方の分類
★1端で結ぶこぶを作るもの
 一重結び  8字結び  仲仕結び 
★両端または2本のロープを結び合わすもの
 こま結び  ひとえつなぎ こづなつなぎ 
★1端を他の物体に縛るもの
  ひと結び ねじり結び 巻き結び
★輪を作るもの
  二重結び もやい結び よろい結び
★中ほどで長さを短縮するもの
  つめ結び 
★装飾を目的とするもの
  叶結び(儀式用に用いる「陰」を表す)
  五行結び(儀式用 「陽」を意味する) 
  むち結び (羽織の丸紐を結ぶのに使用する)
  思い結び(真の宝玉結びともいう。羽織の細い丸紐を結ぶのに使う)
  丸打ち羽織紐結び
  平打ち羽織紐結び
  あげまき結び・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・等。

その他、
 ★荷造り用
 ★運送
 ★作業
 ★登山
 ★天幕
 ★釣り糸
 ★装飾
 ★ロープワーク
 ★船内ロープ作業
 ★シージング
 ★スプライス
 ★ロープの編み方
 ★ロープの端止め/・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・等。

決して解けてはいけない結び方と
紐の一方を軽く引っ張るだけで解ける結び方と
美しく整え実用的な結び方とがあるみたいです。


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紐の結び方もイロイロで
私は一方を引っ張ると簡単に解けてしまうのが行儀が良いと聞いた。
よっぽどの作業に使わない限り、紐は結べば解けるのが「紐の行儀」だと習ったからか・・・解けなくて、切ったり、破いたりは行儀が宜しくないと聞いている。
勿論、解けてはいけない紐もある。作業に使う紐です。
紐ひとつとってもすごい「文化」があるように思った。

ーーーーーー詰まらない記事でした。ご容赦を。ーーーーーー
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# by yukiwaa | 2008-10-17 14:56 | 日常そろそろ 散歩 | Comments(12)

歌舞錬所へ行く。

10月13日月曜日。祝日ですが、お店は休みました。
主人は同窓会へ琵琶湖近くにある友人の別荘へ。
私は上七軒の歌舞錬所に「日本舞踊・長唄・三味線」等を見たり聞いたりを、15歳からの友人,彼女と二人で出かけました。
二人で1時に待ち合わせ、2時間ほど北野天満宮でブラブラして歌舞錬所
へ入りました。

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このお庭は夏はビヤガーデンになり、舞妓さんもサービスしてくれはります。男はんもたまには気分変えて着物姿の舞妓さんを見ながらビール!
唯、狭いので遅く行くと入れないそうです。

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舞台は当然ですが、カメラ禁止です。これでも大変でした。
もっと、詳しく知りたい人は「芸舞妓の雅」をご覧下さい。

友人と語り合う

肩ならべ 友と語りて 雲流れ 語りつくせし 老春の夢


美味しいお酒でした。

付録
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# by yukiwaa | 2008-10-14 15:34 | 京都ぶらぶら | Comments(22)

ののさん・・・・

太陽。月。神様。仏様。太陽や月のように信仰の対象になるものを呼んだ。
神仏に対して祈ることばを「ノーノー」と聞いた子供達が命名したと思われる。ノンノサンとも。
月や神仏にマンマンチャンともいう。拝む時「マンマンチャン、あん」とあんを添える。
太陽をニチリン(日輪)サン、オテント(天道)サンと崇め、雷もカミナリサンとサンをつける。
京都府北部では雷はハタガメという。

            京都新聞「折々の京ことば」より

私は大阪ですが、物心ついた頃より「お参り」してた。神さんであったり、仏様であったり、その頃は何も分からず手を合わせて、「マンマンチャン、あん」と言っていた記憶がある。

これといった宗教ではなくて、人が自然と手を合わせたくなるとき、太陽も「おてんとさま」と呼び、母は「お天道様に恥ずかしい事をしてはあかんで」と口癖のように言っていた。
山にも神がいる・・色んな万物は神が与えてくれたもの。そんな考えがひとつの手を合わせる行為になっていったのだろうか?
「八百万の神」という本があります。
そこには日本人が本来民族として持っていた日常の中にある「神」が書かれていて、なんだか幼児体験してたのと重なりました。

私は今、ののさんに手を合わせたい。
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# by yukiwaa | 2008-10-13 08:25 | 日常そろそろ 散歩 | Comments(3)