届かない思い

私には同じ京都に住む主婦仲間の友人がいます。
その中の一人が昨年から、何時電話をしても家から出てこないのです。
何時もは明るくて、起承転結なく話す彼女ですが、長年の付き合いで私には会話の意味が組み取れるようになっていました。

私よりも5、6歳若い彼女ですが、「装束を仕立てる仕事」を家族でやっていて、何時も、座って仕事をする為か、腰を痛めていて、それが“憂鬱”な原因なのだと思っていたのですが、正月あけから、携帯の番号も変えて、実家に里帰りしたままで連絡がつきません。

2週間は過ぎましたが帰ってこない。
ご主人も「何時帰るか分からない」と言う。
「家でも、ボーとしていて、何を如何考えていいか分からない。良ければ、又食事にでも誘ってやって」と言われたのですが、肝心な彼女と連絡がつかない。

我々の年代の「鬼門」を彼女は今、如何通ろうか躊躇しているのだろうと思う。

若い頃、主人に目がゆき、子供に目がゆき、自分の友人にも目がゆき、自分自身の美貌(?)にも目がゆき、それに何よりも生活を背負い、ローンだらけで身動きもつかないあの頃から考えると、今は、身は確かに軽くなりました。

何よりも子供達は自分の世界で生き始め、母親のモチベーショウンは低くなりました。それにローンも減り、自分たちの生活も様変わりし始めました。

何よりも、一生の伴侶との距離の取り方が違ってくるのです。
それはそれぞれの個性から、生活形態から出てくるものだと思うのですが、どちらにしろ、女で母親で女房で主婦だった私達は、この辺で何かを変えないと息が詰まる様に感じます。

私の場合は好奇心だけは旺盛なので、それを満足させるべく色々な事に手を出し始めました。
それは自然な流れでした。そうして自分の「世界」を持つ事がとても大切だと思うのです。

子供は、もう、育てなければならない年代ではなく、母親は「元気」でいればいいのです。女房、妻としても自営業の私はするべき事は「いち仕事人」としてしますが、全ての責任は主人に任せていて、とても気楽な立場になりました。
するべき事はするのは「自立した女性」でいたいからです。
お店をした時の全ての借金の保証人は「私=妻」でした。
その頃の私は主人と同等に大変だったのです
可愛げもなく働いていました。何時もローンだけを気にしながら。

私の、その友人もご主人と二人で始めて、今は大勢の人に手伝ってもらう位になっているのですが、子供たちは二人とも家を出ています。

2年ほど前に少し離れた所に仕事場以外にもう、一軒家を買い、引っ越されたのですが、その場所に慣れなかったのか、、、、ご主人との距離の取り方に「難儀」してるのか、、、、「自分の世界」を持てずに、寂しい思いだけが募っているのか、、、今は連絡が取れないので私は如何しようもないのです。

昨日、書いた「織の近況」やその前の記事は、とても個人的で読む人によっては「なんだい!この記事」と思われたかもしれませんね。
でも、あの記事を読んで、トランプさんのコメントからヒントを得て、織を始めた人が私にメールを下さいました。
「元気が出て、織る気になった。ありがとう!」と言う言葉と、私に対する<アドバイス>でした。

こちらこそ、ありがとう!!

「自分の世界」で自分らしく生きれたら、他の仕事も家事もラクチンです。

男性も、狭い世界で少ない時間で頑張っていて、定年後も如何生きようかを模索している事だけは忘れないで我々女性は元気で生きましょう!

今、彼女に連絡が取れたら、色々話したいのに、、、

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二番目の姉が亡くなった2年前の桂川
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雪の中の十兵衛・・・この頃1歳
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亡くなった二人の姉と母を思って・・・
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by yukiwaa | 2010-01-28 15:07 | 日常そろそろ 散歩 | Comments(8)

一人でやるには限界が・・でもマダマダ一人でやれる事がある。

裂き織を始めて4年、その内教室に通へたのは2年でした。
色々、裂き織りをしているうちに「織に関して興味」が沸き、リジェットという織り機があるのを知りました。

短大時代、使っていた織り機は着尺機だったんですね。
カリキュラムに組まれていて、ただ色々な工芸的な勉強(陶芸・彫金・染め・織)
の一つとして、やっていただけでした。短い期間で、私はあまり上達もなく終えました。

その後、気になりながらも私達、短大時代の友人たちも含めて「生活に追われる時間」だけが過ぎて行きました。その中身は、私は<子育て>があり<お店をもち、やりくりする>と言う事もありました。

時間が過ぎ、やっと自分の時間を持てるようになると同時に<ブログ>なるものに出会いました。
そこで、色んな人と出会い、自分が「音楽を聴く」事も「本を読む事」も忘れて、働いていた事に気づかされました。私は昔、聞いていたレコードやCDを聞きなおしながら、涙したこともありました。
「本」は幸か不幸かお店の店番の時間を利用できるようになり、読む事が出来るようになりました。

そしてブログを通して「織」の先生に出会いました。
嬉しい事にとても「織に一途」な先生で、私が言葉をかけるのも恐れ多いと思っておりましたが、ヒョンな事で
お話をし、「織」に関する事を教えていただきました。
多忙な先生に私のような初歩の者の質問は、、、失礼かと思うのですが、、、本当に有難い事に色々細かい事に答えて頂いております。

私はお店を優先的に考えなければならない立場から、「教室」へ通うのは月曜日以外は時間が取れないのです。それで、できれば「通信教育」を受けようと考えていますが、何しろ、「通信教育」を受けるにも、整経が出来て、織り機に経糸を通せなければ始まりません。
今は整経が出来て経糸が張れれば、、、と思いながら、今回、はじめたのですが、やっているうちに「あの本」「この本」から見ていたものが気になりだし、今回もパターン図の本を持っていたのを経糸を張ってから思い出し、始めたのでした。
始めると、次から次と?が出てきました。
私には「通信教育」を受けるにも、もう一つ問題がありました。
それは「織時間」を如何取るかです。月曜日だけしか織る事ができないと「通信教育」も進みません。質問をしてやれるのが1週間後では、、、それを考えるとナカナカ思い切れずにいました。

でも何時までも、ご好意に甘えて聞いてばかりでは迷惑かもと感じいます。
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今はこの本を読んでいます。お店での読書本です(笑)
そして、、、こんな勉強もしています。
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本を読みながら少しづつ分かるには限界があると思いますが、私には「新鮮な勉強」なのです。

今、暫く「本」と「一人織」をしながら、これで大丈夫と思えれば「通信教育」をしようと思いますが、マダマダ
一人で勉強しなくては駄目な気がします。

こんな中途半端は状態で色々質問し、答えて頂きありがとうございます。

ーーー最近の私の織りの近況をご報告させて頂きましたーーーー
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by yukiwaa | 2010-01-27 14:02 | 織りものゆたゆた | Comments(2)

織端と人間ドック

織は只今、此処まで出来てますが、、
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明日は「人間ドッグ」の日です。

健康診断は大切と、主人に言い、昨年のシュトーレンが終わった頃に「人間ドック」を予約。
主人だけでなく私も受けることに、、、とても憂鬱。
次男に話すと「そろそろ、しとかんとあかん歳やなぁ~」だって。何処まで、親の歳を実感してるのか分からないが、言う事は、、、一人前。

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二つ目の「織模様」
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真ん中の組織図が緑の模様
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これが二つ目の組織図

そして、、、
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こんな時の、端糸のかけ方は、、、
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一つ前の薄緑の糸が上を通り終わっています。
濃い緑糸は3回続けて通しますので、薄緑糸の端糸を上げてゆかなければならないのですが、
この場合上からグルット廻して濃い緑糸と絡ませないと、
次の次も上を通る薄緑はこうして端糸を持ち上げてゆけばいいのでしょうか?

深く考えないで自然に端糸を絡ませてきましたが、考えると、、<これで良いんだか?>とフト思いました。

ほんとは、こんな↓模様がしたかったのですが、、自分で「組織図」が書けないからなぁ~
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明日は病院、
長男も家に来るそうです。
「すき焼き」か「しゃぶしゃぶ」にしようと思うけれど、、、
・・・・「人間ドック」って気が重い。

月曜日は何も出来ないと思うと、、又気分がブルー。
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by yukiwaa | 2010-01-24 15:07 | 織りものゆたゆた | Comments(10)

簡単料理

簡単魚料理

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グジの酒蒸・・・・薄い塩水で洗い並べてお酒をかけて蒸すダケ!
1匹づつ、お皿に分けて出来上がり・・・所要時間数分。

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つばす(タラでも良い)を塩胡椒して、小麦粉をまぶしオリーブ油でこんがり焼く。その上に出汁にミリンと薄口醤油を混ぜた出汁をかけ、そこへ、酢を少し入れて、ごま油を入れ、ネギをたっぷりかける・・出来上がり。

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一般的な鯵の南蛮漬け・・・食べる分だけするのが時間の短縮。
魚は全て尾びれと内臓をとり冷凍しておく。・・・そのつど、から揚げして三杯酢に漬けるだけ。

後は「湯豆腐」したり、「キンピラごぼう」を添える・・・繊維質は身体に良い!


月曜日はお店と台所で使う布巾とつり銭入れを縫う、その後、経糸の直し・・・ここ、2,3日身体の都合が思うようにいかず、、、織はチョット中断。

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これがクタクタになると、旦那は捨てずに機械を拭くのに使い、その後も捨てずに包丁を磨く時の砥石の下に敷く、それでも、捨てない・・・京都人らしい、一面です。
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私も25年、縫い続けてきた、、、サンドイッチのナフキンも。<ご苦労様>ですね。
昔、朝のパートの人に
“汚れた布巾は洗ってから漂白剤につけて下さい”・・と言ったら
“奥さん!布巾ならなんぼでも、あげますから、ここまでしなくても良いですやん”と言われた事がありました。若い大学生もアルバイトしていたので、“これは、こうして洗い使います”と布巾の洗い方を学生に教えた。
掃除の仕方も、野菜の切り方も教えた。彼らからは<可愛い笑顔>と<しかっめつら>をもらった。


経糸はこうなりました。今は模様も出来てます。
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by yukiwaa | 2010-01-20 20:38 | シュトーレン・食べ物 | Comments(4)

震災から15年。忘れてはいけない、ひとり、ひとり。

あの日の、1月17日午前5時46分から、もう15年がたったんだ。
そうは思えない、モノポールにとっても激動の日々であった。

あの日も、私は早朝の仕事でお店の180cmのまな板の前でサンドイッチを作っていた。
後ろには釜があり、釜の前には職人がいた。
釜に入れるパンに最後のトッピングや塗り玉をし、片方ではフライヤーで揚げ物をする。
南側の自動ドアーは何時も開くようにしてあるお店、東側の問屋さんが出入りするドアーの横で、
ミキサーに目をやり場板を前にパンを整経していたのは主人でした。

3人は「午前7時にはお店に商品が並ぶように」一心不乱にそれぞれの仕事をしていた。

<グラッ>、、<グラッグラ>、、<グラグラグラグラグラグラッ>と鳴り響いたトタンに私はフライヤーの油を見た。“火事にしたらあかん”その思いは3人とも同じだった。「ガスを切れ!」主人が怒鳴った。「ガス、、、キレテマス」と職人が答えた。
大阪ガスはその頃、自動で元栓が締まるようになっていたのだ。

その次に私は3階で寝ている息子達の所へ・・急いだ。
自動ドアーからでて表から螺旋階段を上がると2階の自宅のドアーにたどり着く・・でも私はその螺旋階段を見上げたトタン、地面に座り込んでしまった。3階建ての自宅兼店が揺れる、近くにある電柱が多くの電線を巻き込んで、右に左に揺れていた。そこへ主人が出てきた。「何をしてるんや!」と言う。「子供。3階みてー!」としゃがみこんだまま主人に言うのが精一杯だった。

その後、二段ベッドの下ベッドで寝ていた次男は上に寝ていた兄に「お兄ちゃん!ベッド動かすなや」と言っていたそうで、兄は「地震や!、悠志起きろ」と言っていたのを聞いた。
兄、高校1年生、弟中学1年生でした。

すぐに、大阪の母の家に電話をするがつながらず、、、暫くして電話がつながり、お互いがやきもきしていたのを聞いた。安否を確認するなり、仕事に戻り、通常通り店を開けた。
実家の様子は後で克明に知ったが、酒屋をしていた兄の倉庫の酒瓶や醤油瓶が大量に落ちて割れたらしい。玄関から風呂場に行く壁にもひびがはいった。

後で、近所の様子を見た。隣のIT関係の会社は3階まで前面がガラス張りだったがそれらが全て割れて落ちていた。瓦が飛んだ家もあり、冷蔵庫やみじや(食器棚)が倒れた家もあり、1軒1軒、事情は違っていた。

我がモノポールは私の作業場の真上には奥行き30cm位の棚が高い位置に3m位あり、その棚にはあらゆる調味料の瓶や缶がギュシリ並んでいた。だがその一つも落ちて来なかった。
2階の部屋も神棚のものやみじや(食器棚)の上の開きの天袋だけが開いていて、何個か食器が落ちていた位ですんだ。

1月16日は震災のドキュメンタリードラマを観ていた。
震災の時の「神戸新聞」の方達の<休刊するな!>の言葉の元、
厳しい神戸の現場を撮りながら
言葉が嗚咽となり、仕事に邁進する気持ちに迷いを持ち、仲間で言い争いながら、
正真正銘血を流しながら
「京都新聞」の援助を受けるため、紙面をレイアウトする人、カメラマン、パソコン操作する人が、
混雑を避ける為、真っ直ぐ行けば1時間半ほどで行ける道のりを京都の亀岡周りで5時間かけて京都新聞社にたどり着く。

朝刊には間にあわなかった、、

朝刊は既に電話で神戸から内容が伝えられ、京都新聞社の手で原版が出来ていた。

その日の夕刊から、神戸から電話で内容を送り京都で紙面を作り、原版をつくる。
原版を神戸に届け、それを神戸工場で新聞を刷る。

被災者は情報を待っていた。被災の状況が掴めた頃、神戸新聞は「復興への勇気」への踏み台となるべく新聞の内容を変えてゆく。

ーー私は、主人と見入っていた。3時間泣きながら見入ってしまったーーー

17日も観ていた。
震災の時、子供だった子が震災の日に「東公園」(阪神・淡路大震災から15年目を迎えるにあたり、亡くなられた方々の慰霊と鎮魂、そして震災から生まれた「きずな・支え合うこころ」を次世代に語り継いでいく)へ向かう。
若い男女、二人はフイな事で知り合う。二人は現代っ子でした。
終電車に乗り遅れた二人は三宮から御影まで歩いて神戸の夜の街を歩く。
少しづつ、話し出す「二人の震災での心の傷」。
その頃は震災の神戸から逃げていた二人、傷となり、忘れたいと思っていた<人との絆>をやはり<忘れる事は出来ない、忘れてはいけない>と気づく。
勇気をだして、亡くなった友人家族の、ただ一人、生き残り、ボロボロになっていたおじさんに会いにゆく。

もう一人の男の子は親父が「金儲けに走り、屋根修理を10倍の値段で請負、金儲けをする。その事で全ての彼の友人は離れてゆく。「俺の絆をズタズタにしやがって・・」彼の心の底は生活を抱えた親父への理解とそれを受け入れられず、神戸を後にする心情が<震災がなければ>、母親も家から出なかった。家族がバラバラにならなかった。彼も被災者であった。でも、もう一度父親が直した家で幸せに暮らす同級生を見る。
彼女は言う「仕方ないやん」---関西弁が心にしみる。ドキメンタリータッチで構成されていて、神戸の町を私も歩いているようだった。

あれから15年。モノポールはテントも代え、たくさんいた従業人もやめ、今やおじさんとおばさんの店になりました。
でもパンは25年のあいだに2度、値上げはありましたが、今も主人の作るパンの味は変わりません。

あの頃、幼かった子供が立派な大人になり、「懐かしい。おばちゃん、何時までもやっててや!」と言われるようになりました。

震災で釜の下敷きになり火に包まれて亡くなったパン屋さん。

建物の下敷きになり亡くなった方々。

非難場所で一人で亡くなって方々。

復興にがんばった方々。

全ての、ひとり・ひとりを忘れない。忘れてはいけない。

きれいに整備された神戸に昔の神戸の「面影」を探している私がいる。

今度、神戸へ行こう!
一緒に行きませんか?
トーアーロードが如何なっているか、
高架下の店が如何なっているか、
異人館が如何なっているか、
あの出始めた頃のブランドのアトリエが如何なっているか、
三ノ宮が如何なっているか見てみたい。

私は震災から神戸に行っていない。
バイクで走り、見てきた様子を長男から聞いただけでした。






数日前に、神戸で震災にあわれた方達がNPO震災ボランティアに入り、世界各国へボランティアへ行かれている。数年前の中国四川で起こった地震。世界の国々からボランティアが集まりましたが、今は日本の神戸のボランティアだけが残り、<足湯>をしながら手足をさすりながら、被災者により沿っている。

私は誇らしい。嬉しくて涙が出た。

「平和ボケ」と揶揄される若者が大人になり、被災者に寄り添っている。
彼らの優しさ・その優しさは「平和ボケ日本」だから、育ったのかもしれない・・と思った。

今は日本の震災から出来たボランティアは世界で注目されている・・・らしいのです。
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by yukiwaa | 2010-01-18 12:40 | 社会  山登りしんしん | Comments(9)

組織図の見方  織り

一人でやる・・・初めての<整経>・・・初めての<経糸張り>。
時間がかかりましたが、昨年の「鎌倉教室」から、学んだ事をもう一度復習しました。
あの時は漠然としていた事が、少し分かるような気がした。
反復しながら、反芻する・・・私は<丑>

Hさんから教えて頂いた「経糸の張り方」を初めてやってみた。
烏丸の教室で習ったのとは少し違うが色々やるのも勉強だと思った。

でも、恐ろしく、間違いをして、、。修正に時間がかかりました。

何箇所が間違いはありますが、
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緑の色を変えて此処から「模様」を作りたいのですが、、、
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色々本を見て考えています、、、
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これかなぁ?
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コレコレかなぁ? でもどんな組み合わせで「どんな模様になるんだろう?」分からない。
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こんなのもあるけど・・・私の経糸は「4,3,2,1,4,3,2,1、」で薄緑1本取り、40羽の筬である。

これから如何しよう??

一人で考えるには「組織図」の見方が今一理解不足である。やれ^^やれ^^^042.gifです。

反復・半数・・・しかない。

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by yukiwaa | 2010-01-15 22:18 | 織りものゆたゆた | Comments(12)

マーボ豆腐風鍋料理

最近、簡単料理をやりたくて、時間を作る為には、<それっ>しかない。

お鍋料理が簡単だが、我が家の旦那はキムチも駄目、白い色の料理は駄目とくると、水炊きか沖すきかすき焼きぐらい?(殆ど、水炊きか豚しゃぶ)
毎度同じなので、次男が「なんか、他の鍋料理ないの」と聞いていたのが耳に残っていた。
丁度今日、「NHK料理番組」で“マーボ豆腐風お鍋”を見た。

暮れにミートローフをしようと買い込んでいたミンチ肉が残っていたので、丁度良い!早速作る事にした。

材料
ミンチ肉(豚)・青梗菜・タマネギ・白ネギ・・・・位。他に適当に自分流で入れることにする。
まず、ミンチとタマネギのみじん切りをからめて、それにオイスターソースと豆板醤それに、鶏がらスープ(顆粒)をたっぷり目に入れて味付けをしておく。しっかりかき混ぜて炒める。肉の脂が透明になる位、炒めて、
煮えたお湯を加える。

別の土鍋に豆腐2庁、青梗菜の芯、白ネギを入れておく。

その土鍋に初めのミンチに肉とお湯を合わせてのを入れるだけ。

土鍋に火を入れて、煮えたってから、青梗菜の青い部分や青菜を入れる・・・・出来上がり!(中華麺を入れても美味しそう)

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火を入れる前の鍋料理です。
まだ、出来上がっていません。店から帰ってから、火を入れて、青菜を入れます。

私は赤味噌の中に少し砂糖を入れて、上から足しました。
この上から、ラーユを入れて食べても良いそうですが、我が家は辛いのが苦手、なので赤味噌にしました。


そして、寒くて、腹ペコの息子に、旦那にだします。
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by yukiwaa | 2010-01-12 16:05 | シュトーレン・食べ物 | Comments(8)

好きかって、、、私はものたらん。

お正月休みが終わってからのモノポールの天気は<どんより>です。

毎年の事ながら、財布の紐は固い、、、、店番してても、体力があまります。
時間は拘束されていて、好きな事は出来ない、
本か新聞を読むぐらい。

体力、余っているのも、勿体無いので、お昼から自宅には帰らず、お店の二階の掃除をする事にした。
何時もは「旦那担当」だが、去年の11月以来出来ていなくて、男掃除はホコリが溜まる。

2時間で終えようと思っていたが、3時間近くやってしまった。
慌てて自宅に帰り、十兵衛の散歩を済ませて、すぐに店へユータウンする。

遅めの晩御飯を作り、お風呂を沸かす。

食べたら、すぐに寝る時間・・・私の一日、にんげんてき?

でも、今日は玉ちゃんとこの生まれたての赤ちゃんと娘さんと4人で談笑・・・少しだけの<ほっこりタイム>でした。

最近、孫のいる人が<人間らしい暖かさのなかにいる>ように見えて、、、、
長男に言うと・・・「十兵衛がいるやん、、」だって。
次男に言うと・・・「ほんまやなぁ~」と人事のよう、

十兵衛で・は・ねっ、、、、

旦那に言うと「川の流れのように~~~まかせておけば、それが我々の人生やと思うで」と哲学的。

私はものたらんわ!!
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by yukiwaa | 2010-01-08 20:46 | 生きものいきいき | Comments(8)

近江商人の「売り手よし、買いてよし、世間よし」。

「GNH」=「国民総幸福量」とはブータンが揚げている国の目標で、いわゆるGNP(国民総生産)ではなく、経済の規模に還元できない人々の「幸福」を増大させる事を国の目標にするというものです。ー略ー
これからの、地域再生や地域活性化を考えていくにあたり、そもそも地域の「豊かさ」を何で評価するか、あるいは地域再生という時の目標は何なのかと言う事を「幸福」といった視点を含めて根本から検討してゆく事で、新たな動きが始まりつつあると感じた。
 単に経済の規模が拡大・成長すればよいという単純な発想だけでは、たちゆかないという事は、人口の動向を考えてもそうである。ー略ー
私は一つの手掛かりとして「多極集中」ともいうべきコンセプトが導きの糸になるのではないかと考えている。
ー略ー
何れにしても、冒頭で述べた地域の「幸福」という視点を含め、これまでより一回り大きな発想とともに地域のあり方を考えていくことが重要ではないだあろうか。(千葉大教授・ひろいよしのり)京都新聞より抜粋。

今日、藤井財務大臣が辞任した。
朝の報道番組で、国家戦略室の「古川さん」が出ていられて、これからの日本の成長は数字だけの成長ではない。
300年続いている企業が一番多いのは「日本」であり、その精神は近江商人の「売り手よし、買いてよし、世間よし」であり、その精神は世界でも注目されていて、これからの日本企業もその精神でやれば、、、人の「幸福量」は上がるのでは?
成長はGNPではなくGNHを目指して国家を立ててゆく方向に「変えよう」としている。
我々の意識を変えないと、、、、と話された。
途切れ、途切れですが分かる気がした。

近江商人の「売り手よし、買いてよし、世間よし」・・・・なるほど!!

個人の「幸福量」は品物を手に入れる事ではなくて、他にある。
長男ともその辺のレベルで、元旦から言いあった。

長男は「夢をもち、全てを自分で決めてゆく」事に大きな「幸福量」を感じているようだった。

若い子は理屈抜きに、もう、我々よりも先に意識が変わっているのかもしれない。

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Aちゃんの娘、モノポールに「いちごジュース」を飲みにやってくる。
私の孫ではないですよ!でも可愛いでしょう!Mちゃんです。宜しく2歳と半になりました。
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by yukiwaa | 2010-01-06 15:31 | 社会  山登りしんしん | Comments(0)

千鳥格子のマフラー

やっと・・です。
昨年の9月に鎌倉で成型していた千鳥格子のマフラー、正月にはやろうと、、、裂き織がやたらと時間がかかるのに反して、経糸さえ張れれば、早い織りでした。

初めてのアシュフォードの8枚ソウコウの織り機を4枚綜コウで織りました。
経糸は昨年の11月に張りましたがその後シュトーレンで忙しく、その後も「裂き織りの宿題」がありで、、気になりながら、やっとでした。
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正月のおやつにシュトーレンを食べながら、、、織り上げました。
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横糸の始末を初めは間違っていて、シャーリングテンネルの時の様に交差していました。何か可笑しいと思いつき「本」や「パソコン」で調べました。
やはり、交差せずにかぶせるように上に持ってゆく・・と書いてありました。
<この方法で良いのでしょうか>少し不安。
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房はコロコロ右に廻し、それから2つの房を左に廻して先をくくり・・初めての縮絨をモノゲン使い、やりました。
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生乾きの時にアイロンあてて、陰干しです。出来上がりました。後は房の始末だけです。先の結んである方を切ります。ねじれたままで出来上がりる予定です。
案外、縮んでないので少し、がっかり、糸の織り方を柔らかく間隔を空けたので、縮絨で縮むのを楽しみにいていたのにあまり、縮みませんでした。

明日は店の仕込みの手伝いですが、私はほんの2時間程で帰れます。
その分、旦那は朝の9時から5時位まで一人で<仕込み>をします。仕事が又始まりました。
モノポールは1月6日からです。

整経台も買いました。何か整経したいなぁ~~!!

今年も夢積み上げてゆけたらいいですね。
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by yukiwaa | 2010-01-05 00:00 | 織りものゆたゆた | Comments(6)