3年ぶりやねっ。

久しぶりに会った彼女と、雨のなかを相国寺、寒梅館、錦市場、寺町へと歩く。


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山ほど溜まっていた話をする、ちょうど雨宿りが出来る場所で少し肌寒さも感じながら、
私は聞いてもらい、彼女の近況も聞く。大切な時間がすぎてゆく・・・
ちょうどその時「ししおとし」のような音が聞こえてきた
   どこからだろう、境内だろうが広すぎて分からない。人気もない。
 
   


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   美術館の横にあった建物のそばで人に会う。
「あの音はなんでしょう?」と尋ねると、
   「あっ、あれは時刻をしらせる<つつみの音>です」と。
なんと風情があることだろう。
   少し、嬉しくなったまま広い境内を歩き、
西門から同志社大の寒梅館で温まることにした。
 


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学生に交じってお茶をした。2人でケーキとコーヒーを飲んで1300円位
・・・やはり安い!!
  錦市場まで出て、もう、閉めかけていた店が多かったが
少しのお店で外国の観光客に交じり 蛸、イカ、サーモンを買い、
一人では食べながら歩くなんて出来ないけれど、少し大きな気持ちで
  歩きながら食べた。

  


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     錦のあと寺町へ向かう。すべて観光客のコースだ。
     彼女は、「かんざし」を買った。
白髪に交じった少し伸びた髪に綺麗にマッチしていた。
     髪を伸ばしておしゃれをしようとする意欲は、
私にはもうっないなぁ~と思いながら
     彼女の楽しそうに買い物する姿を見ていた。

    四条にでてそれでも別れ惜しくてコーヒーを誘う。
いい加減、帰さんと彼女も疲れているだろう。
   「また、会える日まで」と言ってそれぞれの道へ向かい別れた。



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by yukiwaa | 2016-06-21 19:58 | 思い出つらつら | Comments(2)

暖かいものたち

今年は、何時もより「寒さ」を感じる。

土手を散歩していても、朝が早くても、それほど寒いーー^^^と思った事もなく、風邪も殆どひかずにすんでいたのに、今年は違う!!寒さが身体にこたえる~~~。

何故だろう?年もあるだろうけれど、、、
母が生きていた頃に送ってくれた、阪神百貨店の<色えんぴつ>のTシャツ、アンダーに着るものだが、見えてもオカシクナイオシャレなシャツでした。
真冬には手放せないで毎年着ていたが、母が亡くなり、シャツも年々、ほころんで、一つ、一つ消えていった。
今は1枚だけになり、買おうかと思うが高値なので、<始末>してユニクロのヒートテックを買う。

若い子がヒートテックは暖かい・・・というので買い始めてみたが、やはりウールで出来た母が送ってくれていた「色えんぴつ」のTシャッにはかなわない。

ズボン下も下の息子と旦那は「グンゼのパッチ」派だが、私は、やはりパッチは今一はけないので、毎年息子や旦那がスキーの時にはいていて、今はタンスの肥やしになっていたスキーズボンの下にはくタイツをはいている。
勿論、男物だが、やはりウールだからか、、、暖かい。

でも、銭湯で脱ぐ時に少し恥ずかしいので、今年はやはり、ユニクロのズボン下を買ってみた。勿論女物を(笑)
でも、暖かく感じない。
上辺だけ見ていると、暖かそうなのに、何かが違う!!

大量生産で安くを考えると、いま一つ血が通わないのだろうか~~

今は男物のスキー用のズボン下をはいている。

母は耳あてファーも送ってきた。
京都は山に囲まれて寒いから・・・と毎年冬になると暖かい手編のセーターや阪神百貨店のTシャツや耳あてファーや靴下や、台所の絨毯まで送ってきた。

あの当時は、それほど、ありがたく感じなかった。なんて、、、親不孝だろう。
私は、<パン屋なんて暑いのに、こんな暖かいシャツなんか送ってきて、、、>と心の中で不服を言っていたのです。

今、思います。パン屋をして26年、寒いのに、疲れていて、フトンに入れず寝てしまった事はタビタビでした。
でも風邪を引いたのは2どぐらい。
予防注射もせずとも、インフルエンザにもかからず、今ままで元気に仕事が出来たのは、
母の「気づかい」のTシャツや何時も口癖の様に言っていた「冷やしたらあかんで~」と言う耳にタコが出来るぐらいの言葉のお陰だと思う。

先日、息子の好きなかやくご飯と味噌汁と鶏肉の照り焼きをした。
風呂もわかして、準備OK・・・と言う時に帰ってきた。
「ご飯も風呂も出来てるよ」と言うが
「悪い!飯いらんわ。飯食べに行くし」という。突然誘われたようだった。付き合いだから仕方ない。
「おかん、自転車かして」という息子。
めったに乗らない自転車なので、お隣で空気入れをかりる。

8時は過ぎていて、結構寒いのに自転車で出かけていった。

ドンナに近くても、タクシーを呼んで往復タクシーで出かける息子なのに、珍しい。

やはり、今年に入ってから「節約」を考えたのだろうか?
三日坊主で終わっても良い、、、<可愛い~~>と思った。

母の真似は出来ないが、子供は幾つになっても<可愛い~~>と思えれば
それは<しあわせ>なのかもしれない.

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高齢者福祉施設のKさんが編んで私にプレゼントしてくれた手袋。
少し大きいが、ものすご~~く暖かい!!
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by yukiwaa | 2011-01-23 15:10 | 思い出つらつら | Comments(4)

旧友きたる!

代官山の近くに住んでいる東京の主人の旧友が来る
連絡があったのは土曜日。
聞いたのは日曜日。
珍しく、自宅に昼間に来られるとか、何時もはお店にきて夜な夜な「酒を酌み交わす」のですが、旦那がお酒に弱くなり、朝の早い私たちを気遣ってくれての来宅だと思う。

今日は朝の6時過ぎに眼が覚め、家事を8時過ぎまでに済ませて、十兵衛とお風呂へ。
汗が引かぬまま、買い物へそれから食事の準備をする。
11時に電話。「今から山崎工場の見学へまわるので、たぶん1時ごろになるけどJ(主人の名前)は?」と電話。
旦那は今日は午前中は病院なので、間に合うように急いで帰る予定。
大山崎のサントリーの工場への見学をされているのだ。
ビール工場、ウイスキー工場と二日かけての見学。
勿論試飲が楽しみ!
18年もののウイスキーも出たとかで、大阪に住んでいる娘さんと親子で楽しんだ様子。
奥様、Sさんは高槻のLIVE&Eventsイベント情報<今年もやります、高槻ジャズストリート応援セール!>
の主催者。ATNの社長なのだ。お忙しいSさんは仕事のようだ。
一度はイベントにも行かんといかんとなぁ~(ゴメンーねっ)

私の食事の準備
●かやくご飯(かしわ入り)
●キュウリと蛸の酢の物
●切り干し大根
●厚揚げのハサミ焼き
●冷奴
●小さなトマトサラダ
●鯵の焼き物
●鳥肉の塩焼き
●なすびの焼いたの(3種類の味噌をそえる)
●わかめの味噌汁
●恵比寿ビール
●梅酒
1時間半ほどで揃えた。その頃に旦那が帰り、連絡をとり迎えにいく。

娘さんMちゃんとヘイカがきた!嬉しい青春時代の友人だ!
ヘイカとは、主人と<恋愛時代?>からの知りき合いで3人で遊んだ事もあったので嬉しい訪問だ。

昔話が出るよりも娘さんMちゃんと話が弾んだ。
娘のいない私にはハキハキ話すMちゃんは新鮮だ。
特に父親に「説教」するのは面白い。
体を労わっての「説教」だが、母と同じ事を言っているようだ。
我が家と反対だ!
話が弾んで「織り」の話になった。
「来年松坂屋で個展されるかたがいるけど、一緒に行く?」と聞くと
Mちゃん「行く、行く」と答えた。

来年にならないと都合は分からないが、今の時点では彼女の作品を見て感激。
本物を見たい気がしたそうだ。
Mちゃんのメールアドレスと電話番号を聞く。
横でMちゃんの父親が一人取り残された気がしたのか、、、自分のアドレスも書いていた。

4人と十兵衛の楽しい時間はあっと言う間にお開きの時間になり、十兵衛と一緒に駅まで送っていった。

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麻布とサントリー工場でのお土産。

来年一緒に行けたら~~嬉しいなぁ。
主人には「朝のサンドを作ってから新幹線で行くからね」・・・とドサクサにまぎれに言う。
主人も思わず、頷いた。
「2時間15分で着くから~」と東京と大阪を何度も行き来するMちゃんが言う。
「店からなら3時間やなぁ~」と言うと
主人に「当たりまえやん」と言われた。
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by yukiwaa | 2010-08-23 22:15 | 思い出つらつら | Comments(8)

暖かい心づかい

働いている頃の先輩・・・私には唯一の先輩で始めてワインを教えてくれた人。
23歳の時、ワイン専門のカウントリー風のお店・・・・懐かしい!

彼女はその頃、「ラボ」と言う写真を現像したり、写植をカメラに撮り、フイルムにする仕事の会社に勤めていました。私とは会社は違いましたが、「仕事」で彼女にお世話になりました。

彼女は私達よりも早くに会社を辞め結婚し、遠方へ行きました。

それからは電話か、年賀状位のお付き合いでした。
最近はシュトーレンを通してお付き合いが復活。
彼女がこんなに「絵」が上手いなんて知りませんでした。
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何年か前に頂いた年賀状。
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彼女の絵です。
そして彼女は今、トールペインティングの先生をしています。
美大へ行くつもりが、経済的な理由で行けなかった・・・と言う事も最近知りました。
長い付き合いでも<その人の一部>しか知らないし、見ていないのだと思いました。
結婚もそれほど、彼女が思っていたものとは違いましたが、
頑張り屋で冷静な彼女は、娘を嫁に出し、九州でがんばっています。
やっぱり、昔のままの私の先輩。いつも偉いなあ~と感心させられる、彼女の「生きざま」。

彼女からプレゼントされた作品
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そして、今回は
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これを頂きました。
ありがとう!!先輩!

そして、もう一つ、熊本からの心遣い
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真ん中の黄色いポンカンのようなもの、何だと思いますか?
<柚子>なんですよ!
初めてです、こんなに大きいのを見たのは
これはyura-tami さんから頂きました。
大地に根を下ろして生活してはる人の心づかいに<ほっこり>しました。
おじいさん、おばあさんが作られた味噌、お米、柚子、ほんとに嬉しい土地の贈り物。
実は絞って「柚子酢」にして小分けして冷凍して使います。
皮は細かく切り、これも冷凍します。
茶碗蒸しも良いけれど、かぶらの甘酢漬けに使います。
ありがとう<感謝!>です。
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by yukiwaa | 2009-12-11 13:58 | 思い出つらつら | Comments(4)

チャイナ風チョッキ

日中戦争時、友好と平和を訴えた村上知行の事が「京都新聞」に載っていた。
地球人間模様@china 気骨の反戦作家・・とあった。

中国は大きくて、余り知らない国でした。
どうしてこんなに近いのに、、知らないなぁ~と思う。

今から、30年位前に、母が中国へ旅行した。
いつも銀行の金利でいけた時代。
銀行の旅行積み立てでいけた時代。
母は中国で何を見たのだろう。

いつも誘われるのは末っ子の私でした。
でも、一度も一緒に海外へは行けなかった。
お店がありました。
私の<生活>があったから、いつも断わっていた。
今から思うと、、、<勿体無い>。

その時の土産がコレでした。
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今は、中国製品は何かといわれる時代になりましたが、昔の中国製品は丁寧でした。
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裏側の「まつりぐけ」は全て”手”仕事です。
勿論、ボタンもです。

在日の玉ちゃんが「韓国も中国も漢方の国、昔の製品は良いものが多かったんやで・・服も丁寧やしな」と言った。
旦那に話したら「そらぁ、そうや。最近は拝金主義に走ってるから変なのが出てきたんや」

やっぱり何処の国も昔は<良い時代を生きていた>んだ。

ちなみに
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こんなタグがついていました。
200ドル・・・ドルも今日は86円になっていたけれど、25年前は幾らだったのだろう?

派手だから着なかったこのチャイナ風のチョッキ、今から、着てみよう。
ダウンが入っていて暖かい。

中国の人の
貧しくても、楽しく温もりのあった時代がそこにはあった。
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by yukiwaa | 2009-11-26 20:28 | 思い出つらつら | Comments(6)

高田わたる的ゼロ

昨日は我が家の茶の間でJさんとライブ見ました。

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若い頃
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京都三条イノダコーヒー店を歌った歌
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常連の焼き鳥や
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彼は語る・・優しく、温かく
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下町が大好き・・人が生きてる
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「鎮静剤」フランスの画家マリーローランサンの作詞
悲しいおんな・・がつづく・・
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泉谷も参戦、、、
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バイオリンがブルースに、下町にあう不思議
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「夕暮れ」
夕暮れの街に自分の場所からはみ出してしまった多くの人を僕はみる~~~

若い、臭い頃に戻った二人でした。

”岡本理研ゴム・”・・には笑った.

“鮪に鰯”
1950年代の水爆実験を皮肉った歌です。

 旦那は、この頃、父親が仕入れに行った中央市場で捨てられていた水爆マグロを
嫌というほど食べさせられた・・と昔話をしながら、、この歌に聞き入っていた。

何故か懐かしい顔つきになっていた、

優しく包むような高田わたるさん・・・亡くなってもう何年でしょう・・

旦那の友人が彼の好みを知っていて、、
「ビデオかDVDかどっちが良い?」と聞いてきた。
旦那は偉そうに「ビデオにきまってる」と返事。
40年経っても年功序列・・・・先輩づらしてる、、、

私も彼とはもう、何十年。若い頃ツバをかけながらしゃべりまくった仲。
私が姉さんづら出来るただ一人の仲間。
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by yukiwaa | 2009-10-06 14:51 | 思い出つらつら | Comments(0)

お姑さんとお舅さん

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  皆さんのお宅ではダレが包丁を磨かれますか?

我が家は旦那です。義父も勿論、磨いてました。

家を守るのは「おんなです」と姑さんに言われたけれど
料理をするのは女房でも、その要の包丁を磨くのは「その家の主の仕事」ですとも、言われた。

ーーーそれって、、、結局「男が柱」と言ってるんだろうか?

最近、感じ出したのねっ。

「家を守るのはおんな」と言った明治の生まれのお姑さん。
やはり、賢いわ!
やっぱり、いちまいうわてでした。

お舅さんは息子にどう言ってたんだろう?
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by yukiwaa | 2009-09-13 15:07 | 思い出つらつら | Comments(6)

山椒は小粒でピリリと・・・

もう、30年以上前の昔話から~~

彼と出会い、何ヶ月たった頃だったか、5月がやってきた。
彼の誕生日が5月の初旬・・私はカスミソウを山ほど買い込んでプレゼントした。
花瓶に活けて《彼みたいな花・・分かるだろうか花束の意味する事が》と思った。

5月の下旬に私の誕生日がやってきた。
彼はTシャツをプレゼントしてくれた。
「安かってん。500円」。と得意そうに彼は言う。

その頃、私は母の庇護の元で、結構、高そうなモノでも買えた。
有難う・・と言いながら、このTシャツが彼の《生き方》なのか・・と感じた。

初めてのプレゼント、楽しくて・新しい世界への入場行進曲が聞こえていた。

その後私達は結婚した。

時間が流れて・・私達は店をしていた。
そんなある日に、本屋へ行っていた彼が私にプレゼントをしてくれた。
本です。
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「お前みたいや!」と言いながら差し出した2冊の本。1990年の出来事でした。
この頃はお互いを理解するのに精一杯だった様に思う。
お互いの考え方の違いや感じ方の違いをーこの2冊の本からー
理解しようとしている彼を見た気がしたーーー遠い昔の話でした。

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山椒、掃除して冷凍しはりましたか?この時期しかでない山椒。

夫婦にも時期・時期に《物語》がある。

山椒のように小粒でビリリとするそんな彼の最近読んいた本を
朝見つけて、その本の面白さから昔のこの2冊の本を思い出し
・・・・・この記事になりました。《アイ、すいません詰まらん話で。。》
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by yukiwaa | 2009-05-31 15:46 | 思い出つらつら | Comments(13)

寂しい母と言う女・・のはずが。

5月は「母の日」があり、「旦那の誕生日」があり、「私の誕生日」がある憂鬱な“さつき”なのです。

10歳の頃は「お母さん~!」とニコッと笑っていた息子達。

野球のユニホームを洗いゼッケンを縫い直しただけで
「ありがとう!」と言っていた二男。
野球の当番で車を出して練習グランドまで送って行っただけで
「ありがとう!」と言った二男。
水泳のテストの日、Vサインをしてニコッと笑いながら、
仕事中の私の懐に飛び込んできて抱き合いながら二人で喜んだ二男。
たまに 旦那が行くと、めっちゃ頑張って走る二男。
めッちゃ、ヒットを打つ二男。

お兄ちゃんがクロールをすると、溺れながらも泳いだ負けんぎの強い二男。
お兄ちゃんがローラースケートをすると、知らん間に滑っていた二男。
スキーに至っては、軽々とお兄ちゃんを抜いていた。

背中を見せて働くだけのお父さんを一歩置いてみる息子達。

母親の私がおしゃべり相手だった長男。
塾から帰れば、一緒に「ナイトスクープ」を見て笑った。
「お父さんが優しくないー」と愚痴を聞いてくれた長男。
優しく、私をさとした長男。
小学1年生から6年生まで、弟をお風呂に入れてくれていた長男。
何時も、弟を連れて友人と遊ぶ長男。
何時も、二男の先を歩く“男の子”として、背中を見せていた長男。
スキーで弟に抜かれると「若いもんは違うなぁ~」と言って照れ笑いした長男。
その時、長男16歳二男13歳でした。

何時の間にか彼らは大人になり、母親とあまりしゃべらない子になっていった。
たまに言う事は
「洗濯物、はよ、しといてや」
「お茶いるし」「飯、まだ?」・・・・・ぐらいの二男。

何時の頃からか、長男に「誰と遊ぶの?」と言うと「友達」
「何処へ行くの」と聞くと「おもて」と言うようになった長男。
笑えるでしょう?心の中で笑ってました。
でも、何故か、その返答で納得したものでした。

最近は「店、どない?」と聞くと「普通」と応えるだけ・・・相変わらずだ(笑)

そんな長男が「母の日」に帰ってきたのだ。
夜の11時カーネーションを持って。。。
「これっー」って無愛想に苦笑いしながら「カーネーション」を差し出した。

暫く見とれてました。嬉しいのと、不思議なのと。。。。
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これを見て、直感したのは・・
何処で買ったのか?
誰が買ったのか?でした。
息子に「何処で買ったん?」と聞くと、
少し間をおいて「何処でもいいやん~」と言う。
「花屋さん!店の近所にあるもんね」「花屋なんて、何処でもあるわ」
すれ違う会話。

「有難う」と言い、夜更けに花瓶を探した。
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一晩泊まり、明日は「免許切り替え」。朝の8時過ぎに出ていった。
今日は「織りも仕上げないとあかんけど、餃子もしたいなぁ」と思っていた私。
長男は6時に帰ってきて、すぐに帰る(ややこしいですが、自分の部屋に帰るという意味です)と言う。
整理しておいた「美容の通信教育の資料」”いるん?”と聞く。
“いらんから。友達来たし、帰るわ”とやけに急ぐ彼。

表まで出て見送ると、其処に息子の友人がいた。

女の子でした。ニコッと笑って挨拶しはりました。
やけに笑顔が明るい子やなぁ~と思った。

そんな寂しい母と言う女の日でした。

長男が帰ってから餃子をタップリ作りました。
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by yukiwaa | 2009-05-12 15:18 | 思い出つらつら | Comments(8)

雨降り桜と姉

折角の桜日和なのに、京都は雨です。

二階の息子の部屋が空いてからもう、4ヶ月が過ぎました。
ベッドだけは置いてあるのですが、勿体無いので、私が私の「おもちゃ箱」を少しずつ運んでは、私の使い勝手良い様になりつつあります。
今日は姉が残したCDを彼の部屋に運びました。
何気なくかけたCD・・・・“夜のストレンジャー”フランクシナトラ。
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姉と私は同じような映画を見、同じような音楽を聴きました。
読んでいた本こそ違いましたが、しっかり読めない頃から姉に読み聞かせてもらっていたのです。
13歳年下の私にはマセタ映画に、音楽に文学でした。
背伸びしながら、姉の影響を強く受けて育った私は、姉の気持ちが痛いほど分かる存在でした。でも、私は“分かる気持ち”を行動に移せず、姉に報いる事もなく別れを迎えたのでした。

「家」という縛りに強く縛られました。それは京都独特なのか、全国共通なのか私には分からないのですが、自分が自分自身の気持ちだけで動けない、動いてはいけない状態に置かれていたのです。それを姉が理解したか如何かは分からないが私には「悔しさ」が残りました。納得した「悔しさ」ですが、やはり悔しいものです。

“夜のストレンジャー”・・・姉と聞いた曲。姉のあの時の表情が目に浮かんできます。
私は今、涙が止まらない~~止まらないです。

姉が撮っていた小澤征爾のビデオもありました。
結婚してからも、姉の推薦の音楽はビデオを撮っては送ってくれていました。
「2002年の新年の小澤征爾のビデオ」というと、姉が蜘蛛膜下で倒れてから3年目です。
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一生涯独身で通した姉には、音楽や猫やビデオは家族との団欒のようなものでした。
倒れてからは、言葉が儘ならず、右半身も不自由でしたが感性だけは元気な頃の姉そのものでした。たくさんのCDも倒れてから買ったものも多く、レコード屋さんと本屋さんと電気屋さんとペットショップはお気に入りでした。不自由な体で、よく出かけていたそうです。

今日のような雨の日に姉を思いさせたフランクシナトラの“夜のストレンジャー”
姉は、桜の木の空の上で《いいもん、のこしたやろ~楽しみや!》何時もの、はにかんだ笑いを見せているように感じた。
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by yukiwaa | 2009-04-04 16:25 | 思い出つらつら | Comments(8)