カテゴリ:社会  山登りしんしん( 39 )

新しいビジョンを!

f0181394_14343436.jpg


これはベランダにつけた梯子です。アンテナ2900円で如何にか出来たようです。
テレビの差込口が一つの場合は、室内ブースターでいいので、アンテナ付けは簡単です。

f0181394_14365774.jpg

昨年挿し木で大きくした紫陽花。
f0181394_14372918.jpg

f0181394_14454337.jpg

何時ものガク紫陽花。

季節は変わってゆくけれど、フクシマの原発が冷えるのに何年か、かかるとか、、、その間中、
放射能が出続ける。

如何したら、、いいんだろう?

でも、生活は普通に続いてゆくんだよね。

早く、新しいビジョンを見せて欲しい!
[PR]

by yukiwaa | 2011-06-14 14:43 | 社会  山登りしんしん | Trackback | Comments(2)

チャリテイポストカードプロジェクト・・・発信!!

チャリテイポストカードプロジェクトで海外の人とも繋がろう!!

オリジナルポストカードによるチャリテイ企画です。
震災チャリテイとして、売り上げを日本赤十字に寄付します。

素敵な写真が撮れそうな方、腕に自信のある方、プロ、アマ問わないそうです。
詳しい事はチャリテイポストカードプロジェクトを見て下さい。

「渋谷のつま先」の山本カオリさん企画です。

自分の写真が海外で売れるなんて、、、考えただけでもワクワクしませんか?

、、、、でも売れ「残り組み」もあるんでしょうね^^^^

まずは挑戦しませんか?この収益が被災地に役にたてば、そこでも繋がる事が出来る。

私たちが出来る事は、繋がって、気持ちを被災地へ、日本へ届けることかもしれない。

そこの写真好きなあなたへ、協力お願いします。
[PR]

by yukiwaa | 2011-04-15 20:16 | 社会  山登りしんしん | Trackback | Comments(6)

京都の今。

震災のあくる日、私は呑気に大型スーパーに2,3日前から見ていたい「イカナゴ」を買求めに行きました。

「津波で大阪湾のものも入ってこんの」と魚屋さん。
あっ、そういえば「津波」だった。

それからのテレビの放送で事体の大変さを知る。
「落ち着かない・・・気持ちが落ち着かない」

そんな気持ちで3ヶ月前から予約しておいた病院へ。
会計カードを渡されて帰る時に、書類の端が目に入り、黒目のトコに傷がつきました。
その後回復はしているので、心配はないのですが、やはり落ち着かないのは・・・いけません。

京都の最近の状況は、何故かトイレットペーパーが売り切れています。
乾電池の単一、単二はどこを探してもありません。乾電池が売切れです。
我が家には懐中電灯は息子の持ち物が一つだけ。今の所は心配ないので要りませんが、やはり常備しとかんとあかんわ、、、と今頃気がつく始末。

ガソリンは毎週金曜日が2円引きなので、今日はガソリンを入れに行きました。
スタンドのお兄ちゃんが「明日から営業時間が朝の9時から夜の9時になります。ガソリンが24時間営業するほど、入ってきません。被災地へガソリンが行くので、無くなればもっと早く店を閉めます」と言われた。

日本中協力して頑張ろう!
大丈夫です。有難い事に、京都はガスも水も電気も充分にあるので、ガソリンは大丈夫です。

ラジオでは「被災地へ救援物資は送らないで下さい。各自治体で集めますが、京都では丹後と宮津だけです。被災地が混乱するので、今は送らないで下さい。長丁場になるので、皆さんの支援が必要な時が必ずきます」・・・と流れています。

悪い事ばかり考えないで、一歩でも前へ進もう・・・頑張ろう!!折れないで、挫けないで!!
[PR]

by yukiwaa | 2011-03-18 20:05 | 社会  山登りしんしん | Trackback | Comments(4)

東北地震   私たちに出切る事は?

「阪神大震災」の180倍のパワーの今回の地震。
縦に400k,横に200Kの範囲に及び震災被害。

胸が痛いです。
テレビで報道をみていますが、家族を亡くされて「一人ぼっちになったーー」と泣かれていた私達ぐらいの年代のご婦人。
多くの方の行方が分からずにいます。
「津波」は怖いですねっ。
自然の力には敵わない人の力。

京都からも大阪からも滋賀県からも救援物資を積んで出発しました。

世界の人から「救援の申し出」。
全ての力を結集して、多くの人を助けてほしいです。

我々に出切る事は~~今は静かに見ているだけですが、何かあれば教えて下さい!


友達からメールがきました。私達の出来ることから、始めましょう。-----

昨日の節電メールは、ある意図を持って発信した、チェーンメールで有ることが判明致しました。
あの東日本大地震の惨状を目の当たりにしながら、斯様な企てをした者に対し激しい憤りを感じて居ます。

同時に迂闊にも、まんまとその企てに乗せられて、皆様へ協力依頼を致しました私の責任を痛感し猛省致して居ります。

深くお詫び申し上げます。誠に申し訳ありませんでした。m(__)m

高校時代の友人からのメールでした。


どちらにしろ「節電」は大切ですが、やはり関東と、関西電力では周波数が違うので今の所、経費がかかり駄目なようです。

高校時代の友人でしたので、私もすっかりその気持ちになってしまいました。
申し訳ないです。訂正します。
[PR]

by yukiwaa | 2011-03-12 20:32 | 社会  山登りしんしん | Trackback | Comments(4)

現在の日本は?将来の日本は?

「何故、日本は戦争へ突入したのか?」

NHKでやっていたのですが、知らぬこととは言え、あの当時、全ての陸軍、海軍の幹部も総理大臣も
アメリカとの戦争を誰一人、望んでいないばかりか、国力の差があまりにも大きくて、戦争にならない・・・という結論をもっていたのでした。

だのに、何故??何故?

アメリカの経済制裁に耐え切れなかった陸軍の中層部から「不満」が続発・・・<ボタンの掛け違い>と言い切れぬ、多くの人を失い、戦後65年経っても今の日本は戦争の傷跡は大きく口を開けています。

決断の先送り、リーダー力の無さ、日本の国のかたちの哲学の無さ、最後に6人ほどの幹部で物事を決めて天皇に言うのですが、ナカナカ一つになれず、流れのままに出された「決断」のあいまいさ、、、
あまりにも、現在の日本の「政治」のありように似ていて・・・<怖さ>を感じました。

こんな時、我々は如何したら良いんでしょう?

今、下の息子は二日おきに24時間労働です。
夕方の5時半に帰り、パソコンで何やらを入力しながら、片手でパンをほおばり、6時には家を出て仕事へ向かうと言う。
「ご飯は?コーヒーは?」の私の言葉に耳を傾けない。
「そんな時間があると思うか???」。
それだけーーーーー

朝の5時過ぎに帰宅、風呂を沸かせて入ろうとするが、、、沸く前に台所で寝転んだまま眠ってしまった。
「風邪ひくよ、、風呂入らんと、、、沸いたよ、、、Yじ!!」
大きな声で言うが「うん、わかってる。寝えヘンから~~、、、、」と言いながらか、身体は動かない。

私は息子へ座フトン4枚ととデンチをかけ、ガスストープもつけたまま、息子を置いたまま、店へ出勤。
3時間ほど寝てから、又仕事へと行く息子。

ひとりで起きて一人で行ける子なので、その心配はないが、、、

若い息子が遊びもせずに働き続ける、、、この状況。

主人に話すと、「あれで、けっこう充足してるんや。働く事がストレス発散になる事もある。人に言われて動かされている仕事やないさかい、大丈夫や。今のご時勢で、仕事があるのは良いことや!!」と言う。

多分、胸が痛くなる私は今の時代を甘く見てるのだろう。
主人の見方は、もっと厳しい。
今の時代は「根が深い」・・・と言う。

私たちは今の状況を「タイムラグ」して感じているんだろうか?

今の大学生は、社会の就職活動の現状を「タイムラグ」して、、、感じてるように。

現状は、感じてる以上に厳しいものかもしれない。
[PR]

by yukiwaa | 2011-03-08 15:55 | 社会  山登りしんしん | Trackback | Comments(4)

パンの出前出張いきま~す

明日、高齢者福祉施設へ「パン屋さん、モノポール」が出前出張します。

私のお昼休みの時間です。
金曜日は昼休み返上になりそうですが、十兵衛の散歩だけに自宅へ帰ります。

お年寄りが待ってます。

お金の管理が出来ない高齢の方がおられるので、パンの支払いは今月締めの来来月払いになる方もいて、お名前が分からない私に職員の方が付いて下さるそうです。

何処まで出来るか分からないですが、少しでも楽しんで貰えれば・・・と思い、申し出をを引き受ける事にしました。

これからが、大変だ~~~!

f0181394_1450401.jpg

岩下哲士さんの絵
f0181394_14531145.jpg

たくさんのカラスウリが・・・これをリースにつけると豪華でしょうね。
f0181394_14534630.jpg

老爺柿・・・とても小さいです。ビー玉ぐらいかなぁ?
[PR]

by yukiwaa | 2010-11-04 15:03 | 社会  山登りしんしん | Trackback | Comments(0)

反日運動  中国国民は本当は・・?

もう、静かになったのかと思っていたら、、又中国で「反日運動に火がついた」ようで、日本からの企業のイトーヨーカドーや伊勢丹のお店のガラスを割り、「日本商品不買運動」も起こっているようです。
今回は多くの学生が反日運動をしている。これからの学生が~~ショックでした。

京都新聞に、「読者の窓」と言う投稿欄があります。
先日、この投稿欄(勿論、無記名)に意見を述べられていたある男の方が
「我が妻は中国人だが、その中国人の妻でさえ、今回の中国のとった態度は問題だ、、、」と自分の尖閣問題の意見を述べた後に少しだけ付け加えて書かれていた。

それから数日後、彼の中国人の妻は自分自身の身の回りのもの全てをもって家から出て行ってしまった。
「もう、帰らないだろう・・」と日本人の彼は言う。

彼の妻は中国に両親も兄弟もいる。彼らに危害を及ぶのを恐れたのか、彼女は出て行ってしまった。


この話を聞いて、、、日本人は驚くだろうなぁ~。その日本人のご主人も「此処まで恐れる」とは思っていなくて投稿したのだろう。
中国は「共産国」でした。一つの「思想」は人権を認めない。

今回のノーベル賞平和賞を受けた劉暁波氏。中国は全て認めてはいない。
f0181394_1565092.jpg

経済は自由化にして<金儲け>をしても民主的な<国づくり>はしてはいない。
多民族な中国では共産国として<人を抑えなければ><統一>出来ないのだろうか。

どちらにしろ、矛盾した事柄ががマグマの様に中国国内(中国民衆)にあるのは確かのようだ。
その民衆の<不満>を何処かへ向けていかないと中国政府は統治できない。
そこで出てきたのが「日本」の様に思う。
この、「反日運動」で民衆の不満を摩り替えて、「中国の民主化」に目隠ししてる。
「日本」って、恰好な標的になりつつある。

我々は冷静に対処しないといけないが、隣同士の2000年の付き合いがある中国は近くて遠い国なのだろうか?
<金儲け>だけで付き合っていては国民同士は分かりあえない。

インドから中国を通り日本にやってきた「仏教」も日本で日本なりの仏教になり定着した。我々が学生の時に学んだ「孔子や孟子」も中国では多くを吸収せずに、多くの中国人は、日本人より、その精神を受け継いでいない・・・らしい。

華僑として、世界で<金儲け>をしてきた中国人は同じ東洋人なのに、、、如何してこんなに<仲良くなれない国>なのだろう?2000年の中で仲良くした期間が殆どない中国と、日本はこれから如何したいのだろうか?

中国の民主化なしでは、国民同士の開かれた真の自由な<会話>が成立しないように思う。
中国の民主化を望みたい!
[PR]

by yukiwaa | 2010-10-17 15:08 | 社会  山登りしんしん | Trackback | Comments(7)

生活保護、、、、

世の中が厳しくなってもう、何年だろう。
お店をしていると色々な人の喜怒哀楽をみる事が多い。

昨日も何時も来ない包装紙の会社をやられてるHさんが突然来られた。
モノポールをしてからの付き合いなので、もう25年。
何時もと、様子が違う!と思った。
二階で朝の休憩をしていた主人に内線電話で繋ぐ。
「店をたたまないといけなくなりまして、、、」

話は全て聞いた。
彼は50歳、息子が二人、遅い結婚だったので、
息子さん達は中学1年と小学5年生だ。それに年老いた母親。
「これから、如何するの?」と聞いた。
「恥ずかしい話ですが、今回も銀行に融資を頼んだのですが、6月から変わる“出資法”が前倒しになり、審査の結果、融資を断わられたのです。いわゆる、貸しはがし状態です。自己破産する以外ないです。50年続いた店を畳まんと、、、」彼の目頭に光るものを見た。
「それに、恥ずかしい話ですが、生活保護受けます。仕事がないんです。店の土地も売らんといけないし、車を乗る事事体駄目だそうです・・・嫁さんが働いてくれますが母親の年金を引いた分を保護受けようかと、、土地は売って妹が保証人になっているお金だけでも返さんと、、、」

「生活保護」・・・・ショックな言葉でした。
彼はプライドを捨てて家族を守る方法を選んだのかもしれないが彼の本心ではない・・と思う、奥さんと年老いたお母さん達と話あっての事だろう。
お店をしていたものが、、、此処までくるとは、、、借金の金額からして、
たぶん此処十年位は「利益」を出さないまま営業していたような状態であったのかもしれないと思った。
「生活保護」を受けると、ガードマンのような仕事や車に乗るような仕事も規制されるらしい。

民主党になり、亀井さんが「モラトリアム」返済猶予期間4~5年の法案は今だ施行されておらず、自民党時代の「出資法」が銀行では生きているらしい。
亀井さんのこの法案が骨抜きなのか、色々な異論があるのも知ってはいるが、、、彼の会社は彼の怠慢でこの様な状態になったのではない。
<時代の変遷>と言う言葉で片付けるには、あまりにも無責任。
誰かが、もっと賢明な人がいれば、、、如何にかなっていたのでは?と言いたくなった。

「今月いっぱいはしてますから~~」と言って帰る彼の寂しそうな後ろ姿が心配になった。

もう一度いやっ、二度ほど配達を頼んだ。

その日は一日中気持ちが落ち込んだ。
人事とは思えない。
彼方此方で悲しい水が~~土手を突き破り流れてきてます。

私達は、心して今の状況をあり難く「頑張らせてもらおう」ではありませんか。
頑張れる土俵がある事のありがたみを感じながら、
一人でも多く、、世の中が明るくなるまで、強かに、しなやかに、生き延びんとあかん。
それが私達が世の中に出来る唯一の抵抗かもしれん、、、



心強く、、、来週、木曜日は、お昼の休憩時間に「北野天満宮の梅」を玉ちゃんと見に行きます。
[PR]

by yukiwaa | 2010-02-12 14:37 | 社会  山登りしんしん | Trackback | Comments(6)

震災から15年。忘れてはいけない、ひとり、ひとり。

あの日の、1月17日午前5時46分から、もう15年がたったんだ。
そうは思えない、モノポールにとっても激動の日々であった。

あの日も、私は早朝の仕事でお店の180cmのまな板の前でサンドイッチを作っていた。
後ろには釜があり、釜の前には職人がいた。
釜に入れるパンに最後のトッピングや塗り玉をし、片方ではフライヤーで揚げ物をする。
南側の自動ドアーは何時も開くようにしてあるお店、東側の問屋さんが出入りするドアーの横で、
ミキサーに目をやり場板を前にパンを整経していたのは主人でした。

3人は「午前7時にはお店に商品が並ぶように」一心不乱にそれぞれの仕事をしていた。

<グラッ>、、<グラッグラ>、、<グラグラグラグラグラグラッ>と鳴り響いたトタンに私はフライヤーの油を見た。“火事にしたらあかん”その思いは3人とも同じだった。「ガスを切れ!」主人が怒鳴った。「ガス、、、キレテマス」と職人が答えた。
大阪ガスはその頃、自動で元栓が締まるようになっていたのだ。

その次に私は3階で寝ている息子達の所へ・・急いだ。
自動ドアーからでて表から螺旋階段を上がると2階の自宅のドアーにたどり着く・・でも私はその螺旋階段を見上げたトタン、地面に座り込んでしまった。3階建ての自宅兼店が揺れる、近くにある電柱が多くの電線を巻き込んで、右に左に揺れていた。そこへ主人が出てきた。「何をしてるんや!」と言う。「子供。3階みてー!」としゃがみこんだまま主人に言うのが精一杯だった。

その後、二段ベッドの下ベッドで寝ていた次男は上に寝ていた兄に「お兄ちゃん!ベッド動かすなや」と言っていたそうで、兄は「地震や!、悠志起きろ」と言っていたのを聞いた。
兄、高校1年生、弟中学1年生でした。

すぐに、大阪の母の家に電話をするがつながらず、、、暫くして電話がつながり、お互いがやきもきしていたのを聞いた。安否を確認するなり、仕事に戻り、通常通り店を開けた。
実家の様子は後で克明に知ったが、酒屋をしていた兄の倉庫の酒瓶や醤油瓶が大量に落ちて割れたらしい。玄関から風呂場に行く壁にもひびがはいった。

後で、近所の様子を見た。隣のIT関係の会社は3階まで前面がガラス張りだったがそれらが全て割れて落ちていた。瓦が飛んだ家もあり、冷蔵庫やみじや(食器棚)が倒れた家もあり、1軒1軒、事情は違っていた。

我がモノポールは私の作業場の真上には奥行き30cm位の棚が高い位置に3m位あり、その棚にはあらゆる調味料の瓶や缶がギュシリ並んでいた。だがその一つも落ちて来なかった。
2階の部屋も神棚のものやみじや(食器棚)の上の開きの天袋だけが開いていて、何個か食器が落ちていた位ですんだ。

1月16日は震災のドキュメンタリードラマを観ていた。
震災の時の「神戸新聞」の方達の<休刊するな!>の言葉の元、
厳しい神戸の現場を撮りながら
言葉が嗚咽となり、仕事に邁進する気持ちに迷いを持ち、仲間で言い争いながら、
正真正銘血を流しながら
「京都新聞」の援助を受けるため、紙面をレイアウトする人、カメラマン、パソコン操作する人が、
混雑を避ける為、真っ直ぐ行けば1時間半ほどで行ける道のりを京都の亀岡周りで5時間かけて京都新聞社にたどり着く。

朝刊には間にあわなかった、、

朝刊は既に電話で神戸から内容が伝えられ、京都新聞社の手で原版が出来ていた。

その日の夕刊から、神戸から電話で内容を送り京都で紙面を作り、原版をつくる。
原版を神戸に届け、それを神戸工場で新聞を刷る。

被災者は情報を待っていた。被災の状況が掴めた頃、神戸新聞は「復興への勇気」への踏み台となるべく新聞の内容を変えてゆく。

ーー私は、主人と見入っていた。3時間泣きながら見入ってしまったーーー

17日も観ていた。
震災の時、子供だった子が震災の日に「東公園」(阪神・淡路大震災から15年目を迎えるにあたり、亡くなられた方々の慰霊と鎮魂、そして震災から生まれた「きずな・支え合うこころ」を次世代に語り継いでいく)へ向かう。
若い男女、二人はフイな事で知り合う。二人は現代っ子でした。
終電車に乗り遅れた二人は三宮から御影まで歩いて神戸の夜の街を歩く。
少しづつ、話し出す「二人の震災での心の傷」。
その頃は震災の神戸から逃げていた二人、傷となり、忘れたいと思っていた<人との絆>をやはり<忘れる事は出来ない、忘れてはいけない>と気づく。
勇気をだして、亡くなった友人家族の、ただ一人、生き残り、ボロボロになっていたおじさんに会いにゆく。

もう一人の男の子は親父が「金儲けに走り、屋根修理を10倍の値段で請負、金儲けをする。その事で全ての彼の友人は離れてゆく。「俺の絆をズタズタにしやがって・・」彼の心の底は生活を抱えた親父への理解とそれを受け入れられず、神戸を後にする心情が<震災がなければ>、母親も家から出なかった。家族がバラバラにならなかった。彼も被災者であった。でも、もう一度父親が直した家で幸せに暮らす同級生を見る。
彼女は言う「仕方ないやん」---関西弁が心にしみる。ドキメンタリータッチで構成されていて、神戸の町を私も歩いているようだった。

あれから15年。モノポールはテントも代え、たくさんいた従業人もやめ、今やおじさんとおばさんの店になりました。
でもパンは25年のあいだに2度、値上げはありましたが、今も主人の作るパンの味は変わりません。

あの頃、幼かった子供が立派な大人になり、「懐かしい。おばちゃん、何時までもやっててや!」と言われるようになりました。

震災で釜の下敷きになり火に包まれて亡くなったパン屋さん。

建物の下敷きになり亡くなった方々。

非難場所で一人で亡くなって方々。

復興にがんばった方々。

全ての、ひとり・ひとりを忘れない。忘れてはいけない。

きれいに整備された神戸に昔の神戸の「面影」を探している私がいる。

今度、神戸へ行こう!
一緒に行きませんか?
トーアーロードが如何なっているか、
高架下の店が如何なっているか、
異人館が如何なっているか、
あの出始めた頃のブランドのアトリエが如何なっているか、
三ノ宮が如何なっているか見てみたい。

私は震災から神戸に行っていない。
バイクで走り、見てきた様子を長男から聞いただけでした。






数日前に、神戸で震災にあわれた方達がNPO震災ボランティアに入り、世界各国へボランティアへ行かれている。数年前の中国四川で起こった地震。世界の国々からボランティアが集まりましたが、今は日本の神戸のボランティアだけが残り、<足湯>をしながら手足をさすりながら、被災者により沿っている。

私は誇らしい。嬉しくて涙が出た。

「平和ボケ」と揶揄される若者が大人になり、被災者に寄り添っている。
彼らの優しさ・その優しさは「平和ボケ日本」だから、育ったのかもしれない・・と思った。

今は日本の震災から出来たボランティアは世界で注目されている・・・らしいのです。
[PR]

by yukiwaa | 2010-01-18 12:40 | 社会  山登りしんしん | Trackback | Comments(9)

近江商人の「売り手よし、買いてよし、世間よし」。

「GNH」=「国民総幸福量」とはブータンが揚げている国の目標で、いわゆるGNP(国民総生産)ではなく、経済の規模に還元できない人々の「幸福」を増大させる事を国の目標にするというものです。ー略ー
これからの、地域再生や地域活性化を考えていくにあたり、そもそも地域の「豊かさ」を何で評価するか、あるいは地域再生という時の目標は何なのかと言う事を「幸福」といった視点を含めて根本から検討してゆく事で、新たな動きが始まりつつあると感じた。
 単に経済の規模が拡大・成長すればよいという単純な発想だけでは、たちゆかないという事は、人口の動向を考えてもそうである。ー略ー
私は一つの手掛かりとして「多極集中」ともいうべきコンセプトが導きの糸になるのではないかと考えている。
ー略ー
何れにしても、冒頭で述べた地域の「幸福」という視点を含め、これまでより一回り大きな発想とともに地域のあり方を考えていくことが重要ではないだあろうか。(千葉大教授・ひろいよしのり)京都新聞より抜粋。

今日、藤井財務大臣が辞任した。
朝の報道番組で、国家戦略室の「古川さん」が出ていられて、これからの日本の成長は数字だけの成長ではない。
300年続いている企業が一番多いのは「日本」であり、その精神は近江商人の「売り手よし、買いてよし、世間よし」であり、その精神は世界でも注目されていて、これからの日本企業もその精神でやれば、、、人の「幸福量」は上がるのでは?
成長はGNPではなくGNHを目指して国家を立ててゆく方向に「変えよう」としている。
我々の意識を変えないと、、、、と話された。
途切れ、途切れですが分かる気がした。

近江商人の「売り手よし、買いてよし、世間よし」・・・・なるほど!!

個人の「幸福量」は品物を手に入れる事ではなくて、他にある。
長男ともその辺のレベルで、元旦から言いあった。

長男は「夢をもち、全てを自分で決めてゆく」事に大きな「幸福量」を感じているようだった。

若い子は理屈抜きに、もう、我々よりも先に意識が変わっているのかもしれない。

f0181394_1534252.jpg

Aちゃんの娘、モノポールに「いちごジュース」を飲みにやってくる。
私の孫ではないですよ!でも可愛いでしょう!Mちゃんです。宜しく2歳と半になりました。
[PR]

by yukiwaa | 2010-01-06 15:31 | 社会  山登りしんしん | Trackback | Comments(0)