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色々な診断

今まで、色々な腰痛は経験していたが、今回のは、左ひざ下外側が電気が走ったように痛かった。それでも単なる腰痛と思い仕事をいつも通りしていたが、ある日の朝起き上がれないぐらい痛みが襲い、めまいもした。その日は店を休んだ。
主人も「臨時休業」の張り紙をして店をするのをあきらめた。
その日、私は「シルバカーがほしい」と主人に言い、近くの店で買い求めた。
車をガレージにとめてから家までが歩けなかったからだ。ほんの2,3分の距離なのに、休みやすみしか歩けない。
それからは、シルバカーを持ち歩いて仕事をつづけた。
やはり、普通じゃない・・と思い病院へ。
そこはスポーツ障害でやってくる患者がほとんどで、足をよく見る先生がいる・・という話を親戚から聞いていた。

その頃は、余裕もなく、どこの病院を選べばいいか?など考えなかった。考える余裕がなかった。痛くて、ただ病院でないと駄目だなぁ・・とだけ直感していた。
そこで、レンゲンとMRIを撮りました。
その結果を知ることになったのは2週間目でした。
薬は神経をやすめる効果があるのと、血流を良くする薬とロキソニンを1か月分もらって帰った。
何が、なんだかわからない状況なまま、なんで薬が1か月分なのか?それがどう意味なのかも分からないままでいた。

店を休むとという決断と「痛みが」が毎日襲っていた。
薬を飲むと船酔いのようになる・・それも2,3日して慣れてゆきました。
毎朝起きると「よくなっている」と信じて眠りについていた。

でも、相変わらず朝起きると台所までは少しの痛みで済むが、すぐに痛くて横になる・・と言う日が続いた。

もう、いいや。手術も視野にいれようと考え始めたとき、ある有名な病院へ行った。

「これは、もう手術しか根治はしません、それはあなたが判断することです、成功率は85%」と自信ありげに先生は言い放った。
「やっぱりなぁ」と変に納得した。主人も「信頼できそうやな」と言った。
二人して帰り、あくる日その病院へ電話した。覚悟を決めて電話した。
「手術の日程や費用など教えてほしいのですが」と言うと
「相部屋は5年待ちです、個室なら2万円、4万円。6万円とありますが個室も6か月から1年待ちで、確約はできません」と
ゆははった。
頭が混乱した。

主人と話した・・・話すうちに昨日主人の診察の際に私の症状ばかり気にして聞いていた掛かりつけの先生を思いだした。
人間的な心配を見せてくれていた先生、そうだ先生に相談しよう・・と思いついた。
主人が「何、相談するねん」と聞いたので、「分からんけど、どこ行けばいいか相談する」と言い。先生に予約した。

先生は待ってましたとばかりに私のMRIを見ると、丁寧に症状を分析して、図まで書いて説明してくれはった。それに問診も丁寧に聞き込んでくれ、足の触診や横になった時の足の動きまでみてくれはった。

今までのどの先生よりも丁寧で誠意があった。足の触診などしてくれた先生は今までいなかった。

「先生、こんなのもみはるんですか?」と私は言った。

町の掛かりつけ医はともすれば風邪をひいたとき、下痢をしたとき・・・と簡単な病気だけだと思っていた。
思えば、その先生は大阪の大きな病院の脳神経外科で働いていたお人でした。町医者といえども、立派な最新式の「MRIの装置」があるのです。考えれば何時も頭のMRIを撮ってもらっていた。お医者の家系で3代目でした。
いつも気にかけてくれていたのだ。
先生の立派さを再認識した。

その先生の見立ては「黄色靭帯よりも椎間板が神経根にあたっているとおもう。狭窄症はそれほどひどくないので、手術はいらんかもしれません」と言われた。
「最初から手術を考えないで、温存方法を考えてみた方がいい。シルバカーでどこまでも歩けますか?台所で2本の足で10分ぐらい立ってられますか?」と聞かれた。

今日は午前中にシルバカーで20分歩いてみた。夜は30分歩いた。時たま痛みは感じるがドウシヨウモナイ痛みでなかった。
明日からは筋力の低下を防ぐため、シルバカーで歩こうと思う。

8月25日と9月1日に、診察があります。
脊髄専門の先生です。

すべてはそれから考えようと思います。
8月はお盆までは完全な夏休みになりました。

私の足の痛み次第では盆明けに店を開けようと思います。
旦那が退屈でたまらんようで、私も前向きにこの状況を乗り切らんとあかんなぁと思いました。
生活は、働かんと成り立たんみたい^^^わたしたちは。

明日から、織もやろう、この時間がたっぷりある時に歯医者も行っておこう・・と思いました。

あと2週間で働ける体になりますように~~


by yukiwaa | 2015-07-30 23:56 | 生きものいきいき