明治三陸地震の写真

日本の津波被害では過去最大の死者・行方不明者2万2千人をだした明治三陸地震(1896年)直後の写真が掲載されて米国の新聞が見つかった・・・・という見出だしで4月10日の京都新聞に掲載されていた当時の写真です。
専門家によると、明治三陸地震を伝える写真は極めて少なく、記帳な資料という。(京都新聞掲載)

f0181394_1357255.jpg

明治三陸地震1896年6月15日午後7時32分に、岩手県釜石市の東方沖200Kを震源として起きたマグネチュード8.2~8.5の地震。陸地での最大震度は4とされるが、津波は本州における観測史上最高の38,2mを記録し、死者・行方不明者2万1959人、家屋流出9878戸という大被害をもたらした。

f0181394_13572082.jpg

津波で崩れ落ちた家屋の前にたたずむ村人。
f0181394_13573043.jpg

津波により破壊された村。
f0181394_13573874.jpg

津波被害にあい、埋葬される母親を見送る子供や村人。
f0181394_13574628.jpg

赤十字のマークが入った幕が入り口にある病院とみられる建物。

これらの写真を見たときに、今よりは技術的にも進歩のない時代でもここから「たち上がった」のか!と日本人の頑張りを見た気がした。
・・・・・でも、今回の地震は、津波は、、、それだけで終わっていない。
原発というバケモノが飛び出してきている、放射能という生物体と相容れない科学物質が日本の山や、川を汚した。これは大きな問題だと思う。
我々が、生まれた時から感じていた「神様・仏様」は「山」におられる。「自然の中」に居られるのです。それを全てかき消すかのように、放射能は飛びちり日本全土を汚した。
それなのに、今だ懲りずに原発を再稼動させようという動きがある。
怒りを通り越し、憎しみに近いものを感じる。

少なくても我々ひとり一人ができることは「我慢」のうえに成り立つものなのか?この写真の村人の様に。
でも出切る事なら「生きた我慢」にしてほしい。
[PR]

by yukiwaa | 2012-04-21 14:10 | 社会  山登りしんしん | Trackback | Comments(0)

トラックバックURL : http://yukiwaa.exblog.jp/tb/17451435
トラックバックする(会員専用) [ヘルプ]