我々の生活と原発

原発の恐ろしさを日本中、いやっ世界中に広めた福島原発。

関東地方から「計画停電」を伴う不自由さ。

我が家の小さなコミュニュティーでは「きっと太陽光発電が大きく見直され、広まるだろう」と言う話が流れています。
多くの方が震災後そう思われたのではないでしょうか?
太陽光、、、、その他にも色々な自然を使った電力のおこし方を考えられるだろうと思う。
自然に、人は勝てない。

自然から出来たものは、自然に帰すことが出来るが、人間が科学から、物理から~~作り上げたものは自然に戻せない。

日本が変わるチャンスだとも思います。
自然に対する畏敬の念を忘れずに接していきたいと思います。

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梅原猛さんの「天眼」から<3月26日京都新聞>
原発の事を書かれています。
前文略します^~~
しかしそのようなエネルギー政策の転換とともに、もう一つ重要な問題がある。それは、やたらにエネルギーを消費し。暖衣飽食する事を理想とする文明を変えるべきであるということである。戦後の日本はあの惨憺たる廃墟から立ち上がり、世界第二位の経済大国になったが、それはやはりエコノミックアニマルの国家であったと言わざるをえない。巨大な私的権力欲、金銭欲をもって日本の政治を支配してきた政治家や、危険極まりない原子力発電によって利潤を上げようとする企業経営者や立身出世のみを考え、退職後も天下りをくりかえしのうのうと暮らす官僚ばかりか、私を含めて学者も芸術家も多なかれ少なかれエコノミックアニマルになっていたのである。原発を廃止するにはこの様なエコノミックアニマルの国家を否定しなければならない。
聖徳太子の理想とした利他の精神に満ちた品格高い文化国家に日本を変貌させない限り、日本再生の道はない。これはまことに困難な課題であるが、被災地の過酷な状況の中で助け合う人々や原発事故の拡大阻止のために生命の危険を顧みず奮闘する人々を見ると、この様な国家の建設もあながち不可能ではないと思う。
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今、福島の原子炉で働いている400人の皆さんは一部の東電の社員と多くの協力会社(下請け会社)で構成されている。
今日の新聞で彼らは会議室や便所の前の廊下で毛布1枚で寝ています。(放射能を避けるための鉛の板をひいて)
食事は1日2回、水は1,5Lだけ。1週間で交替。
厳しい環境での仕事ぶり。
頭が下がりますが、これは限界が、、、あるのでは?と思う。
日本人な精神論だけでは解決できそうにないからか、アメリカやフランスに応援を頼んだようです。
それだけ「大変」なんだと思います。

日本が良いように変わるように~~~願っています。
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by yukiwaa | 2011-03-29 15:41 | 生きものいきいき | Comments(6)

Commented by saheizi-inokori at 2011-03-29 16:39
梅原さんに同感です。
私のブログに紹介した小出さんの話も恐ろしいです。
Commented by antsuan at 2011-03-29 16:55
私も梅原さんに同感です。
京都に栄えた品格ある文化国家をもう一度見直して再出発したいものです。
Commented by yukiwaa at 2011-03-30 13:13
佐平次さん!原子炉の話は、、、、怖くて見れません。

私の頭ではもう、駄目!!
Commented by yukiwaa at 2011-03-30 13:17
あっつぁん!こんにちわ。
原子炉の話を非難するのは簡単ですが、我々は戦後大きな恩恵を受けて、今の生活があるのかと思うと、今後、どの程度の生活レベルに落とせば良いのか分からないです。太陽光だけでは供給に達せないでしょうけれど、「賢い人」が考えてくれないと、、、私には難しすぎる。
Commented by at 2011-03-31 12:13 x
コントロールされないよぉに、しっかり見てくださいね、人任せが一番危ない。
それよか、うらやましいよ、ここからは荷物なんて送れない。
Commented by yukiwaa at 2011-04-04 16:28
蛸さん!こんにちわ。
荷物はもう締め切られましたが私のは届いたかなぁ?です。
コントロール・・・って誰に??
1週間ほど前から、新聞にもテレビにも大きく原子炉の爆破した状態の写真が載るようになりました。細かい写真もあります。
あれを見ていたら、、、だれも「安心」は出来ないと思いますが、唯一
「広島」と違うのは「核爆発」はしていない事です。放射線が出ていてるのは悪い状況で、決して安心はしておりませんが。私は専門家ではない・・・と言う意味です。